あなたは「海底熟成ワイン」という言葉を聞いたことがありますか?
海中という通常のセラーと異なる環境で熟成させることにより、ワインに特別な風味を与えるユニークな熟成方法です。国内初の海底熟成ワインとして産声を上げたSUBRINA。SUBRINA誕生までの知られざる物語や、海底熟成の奥深い魅力をぜひ感じていただけたらと思います。
目次
一本のワインが、すべての始まりだった
ある日、ダイビングの師匠から一本の赤ワインをプレゼントされました。 それは海底で熟成されたものだといいます。
何気なく飲んでみると、これまでに味わったどのワインとも明らかに違う、豊かで官能的な香りと、ふくよかな味わいが口いっぱいに広がり、まるで海の静寂に包まれるような心地よさを感じました。今でもその味わいをはっきりと覚えています。
「なぜ海で熟成させるとこんなワインが出来上がるのか?」
海は、まるで生きているかのように日々表情を変えます。その中で、ワインがどのように熟成されるのか。自然の力とワインの関係に、私は強く惹かれました。
こうして、「海底熟成ワインを自分の手でつくる」という挑戦が始まったのです。
理想と現実のギャップ—次々と立ちはだかる壁
海底熟成ワインの魅力に取りつかれ、「自分の手でつくりたい」と思ったものの、現実はそう甘くありませんでした。
・どこで熟成させるのか?
・どんなワインが適しているのか?
・ワインが流されないよう、どのように固定するのか?
・そもそも美味しくなるのか?
前例のない挑戦であり、アイデアはあっても、それを形にする方法がまったく分かりませんでした。さらに、
・法律の問題
・設備の確保
・現地での協力者探し
といった課題も次々と浮上しました。
何をするにも簡単には進みません。それでも、「海底熟成ワインをつくりたい」という気持ちは揺るぎませんでした。そして試行錯誤を重ねるうちに、少しずつ「SUBRINA」の輪郭が見え始めたのです。
辿り着いた理想の海——南伊豆での挑戦
沖縄での計画は、多くの人が潜る海、温度管理の難しさなど想定以上のハードルに阻まれ、思うように進みませんでした。
「このままでは、いつまで経っても実現できないのではないか。」
そんな焦りを感じ始めたとき、新たな候補地として浮かび上がったのが南伊豆でした。
初めて南伊豆を訪れた時、目の前に広がる雄大な自然に息をのみました。どこまでも続く青く深い海、厳しくも美しい冬の波。そして、何よりも魅力的だったのは、海底熟成に理想的な環境が整っていたことです。
・冬の海水温は11℃~16℃と、ワインの熟成に最適
・冬場の荒波が生み出す振動が熟成を促す
・地域の人々の理解と協力を得ることができた
このプロジェクトを進めるには、地元の協力も不可欠です。「面白いね」と興味を持ち、耳を傾けてくれる人が現れました。「ここなら、やれる。」そう確信し、南伊豆をSUBRINAの拠点に決めたのです。
美しい海、理想的な環境、地域の支え。すべての条件が揃ったこの地で、SUBRINAの挑戦はついに本格的に動き出しました。
選び抜かれた、海底熟成に最適なワイン
次に立ちはだかったのは、海底熟成にふさわしいワイン選び。どんなワインでも熟成すればおいしくなるわけではありません。海の中という特殊な環境に耐え、熟成によってさらに魅力を増すワインを見極める必要がありました。
しかし、沈めてみるまでは何もわかりません。どのくらい熟成させるべきか? どんな変化が生まれるのか? すべてが手探りの状態でした。そこで、世界中から数十種類のワインを集め、試験的に沈めては引き上げ、変化を確かめる作業を繰り返しました。
その中で、最も素晴らしい変化を遂げたのが「南アフリカのシラー」。もともと個性的な味わいに魅了されていた品種でしたが、海底熟成によってより奥行きのある味わいへと進化していたのです。しっかりとした骨格と豊かな果実味を持つシラーは、まさに海底熟成に最適なワインでした。こうして「海底熟成ワイン」として自信を持って届けられるSUBRINAの骨格が形づけられました。
海の中で進む熟成プロセス
ワインを沈める場所が決まり、品種も選定できた。しかし、次なる課題は「どのようにして最適な熟成環境をつくるか?」ということでした。
また、一般的にワインセラーは「温度が一定・暗い・振動がない」ことが理想とされます。しかし、海底はその真逆の環境。冬になると伊豆の海は荒れ狂い、ワインは絶えず揺らぎます。この違いこそが、海底熟成ならではのなめらかさを生み出していましたが、品質を担保しながら最適な熟成条件を見極める必要がありました。
・5m~40mまで段階的に沈め、熟成具合を検証。
深さによる変化は見られず、一様に海底熟成の特徴が表れることが判明。水圧や温度変化などが大きな影響を与えず、紫外線も数mでほぼ吸収されてしまうことがわかった。
・熟成期間の最適化
3ヶ月で変化が明確に現れ、その後は少しずつ穏やかに熟成が進むことを確認。長く入れておけばよいということでもないことがわかった。
・ボトルの密閉性の確保
瓶内に浸水することがない様、最適なワックスの選定及び第三者機関での検証を経て100mでも浸水しないシーリングワックスの施工方法を確立しました。
最終的に、作業性なども考慮し、15mの海底に頑丈な基礎を備えたセラーを設置しました。こうして、SUBRINAは海の中で静かに熟成を重ねることとなったのです。

静かに育まれた時間から、ついに目覚める
長い時間、海の中で熟成されたワイン。ついにその時が訪れ、海から引き上げる瞬間はまさに特別なものとなりました。
初めて引き上げたワインのコルクを抜いた瞬間、海の時間が閉じ込められたかのような香りが立ち上りました。深みのある果実味、まろやかさ、そして海底で静かに眠っていたからこそ生まれた独特の余韻。 テイスティングを重ねるたびに、海底熟成の可能性を確信しました。
SUBRINAという名に込めた想い
その味わいは、どこか丸みを帯びた優雅な女性を思わせるものでした。そこで、「Sabrina」と「Submarine」を掛け合わせ、海の中で凛と輝く美しい女性、「Venus」をイメージして「SUBRINA【サブリナ】」と名付けました。
比較試飲会で明らかになった、海底熟成の力
SUBRINAの誕生を知ってもらい、広めていただくため、数十人のソムリエを招き通常セラー保管ワインとの比較試飲会を開催しました。
海底で熟成させたワインと、同じヴィンテージ・同じワインを陸上で熟成させたものを並べて試飲すると、その違いは歴然としていました。
「両者の質が違い、熟成が認められる」
「アルコールの刺激が海熟では穏やかである」
「なめらかで角が取れている」
ソムリエの皆様からも、驚きとともにポジティブなフィードバックが次々と寄せられました。
さらに、ボトルに刻まれた海の記憶も大きな話題になりました。フジツボや貝殻が付着したボトルは、ワインの個性だけでなく、「海とともに熟成した証」として特別な価値を持っていました。
SUBRINAは単なる実験としてではなく、唯一無二のワインとしてここに認められ誕生したのです。
海が育んだワインの未来へ——SUBRINAのこれから
すべては、一本のワインとの出会いから始まりました。
初めて口にした海底熟成ワインの味わいに衝撃を受け、「自分の手で理想の海底熟成ワインをつくりたい」という想いが芽生えました。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
SUBRINAは、海底熟成という独自の手法で生まれた特別なワインとして、多くの方々に支えられ続いてきました。そしてAmazonのTVCMに取り上げていただいたことも、私たちにとって大きな励みとなりました。この場を借りて、皆様へ心より感謝申し上げます。
SUBRINAをご購入いただいた皆様からの温かいレビューやご意見、心温まるメッセージと共に贈り出されるときの喜びは、私たちの活動の原動力です。「ボトルに刻まれた海の時間に感動した」といった声をいただき、海底熟成ならではの魅力を感じていただけたことを大変嬉しく思います。
SUBRINAは、ワインそのものだけでなく、「その時間を味わう」ことに価値があると考えています。ただ飲むのではなく、大切な人と特別なひとときを共有するワイン。グラスを傾けた瞬間、その背景にある海の静寂や、熟成の物語が感じられる——そんな唯一無二の体験を提供し続けたいのです。
これからもSUBRINAは、海の中でゆっくりと呼吸しながら、さらなる進化を遂げていきます。
このワインとともに、あなたの時間がより特別なものになりますように。
Profile
青樹 英輔 Eisuke Aoki
株式会社コモンセンス(SUBRINA運営) 代表取締役。
10年以上ワインを学び続け、2011年国内初の海底熟成ワインSUBRINAをリリース。ワインに限らずお酒全般をこよなく愛する。これまでの自分のワインの引き出しをみなさんと共有していきます。
J.S.A.認定ソムリエ